2019-04-18

出会いとは交差点のようなもの

【出会いとは交差点のようなもの】

こんにちは、元ヘルニア整体師の大内です。

最近、SNSとの関わり方で

悩まれていらっしゃる方を目にします。

他人からの直接ディスられることも

ありますし、

実際そんなことは無いにも関わらず、

自分がそう思い込んでいるだけと言う

ケースもあります。

私もそんなことに悩んできたので

その気持ちはよくわかります。

そんな方にも聞いていただきたい

内容でもあります。

重症腰痛と人間関係の密接な関連は

これまでもお話してきました。

今回の話は、あなたが

ある程度の付き合いがある人との

関係性についてです。

これを知らないといつまでも

仲良しクラブのように

お互い傷を舐め合い、

自分の新たな行動無きまま、

批判抽象ばかりしている関係から

抜け出すことができなくなるでしょう。

では行きますね。

ある女性患者さんに

こんなお悩みをいただきました。

「今まで私を慕ってくれた友人に

私の知っている限りのことを余すことなく

教えて面倒もみてきました。」

「でも最近は彼女は何だかやる気や

真剣さが見えません・・」

「何か別の道も考えているようです。」

「こんな状況な場合、

自分がもっと歩みよって、

上げた方が良いのでしょうか?」

「ちなみに彼女との付き合いは

3年ほどです・・」

こんなご相談でした。

私には詳しい状況はわかりませんが

しかし私が想像の範囲で想うのは、

今まであなたがこれまで

その方と長く関係性を持って、

いろいろ貴重なシェアまでしてきて、

その方がその態度になっているとしたら、

もうその関係性は潮時と

言ってもよいでしょう。

ズバリその方とは離れた方が

良いと言うことです。

私の師は、

「人の出会いとは交差点みたいなモノ」

と言います。

「相手がどっちへ行くのか?」

はそれぞれ自分が勝手に決めて

行くモノであり、

それをコントロールはできない。

とさらに言われました。

「なぜ?相手がそっちへ行くのか?」

を悩んでもしょうがない

「いかがですか?」

冒頭のように、

自分の発信していることが

周りに受け取られない場合も同じです。

それを自分の問題点は謙虚には認め、

相手の決断を尊重すれば

良いだけです。

なかなか、そう言われても

簡単に割り切れないとは想います。

私も同業の仲間だと想っていた

相手に同様なことをされた

経験があります。

頭では理解しようとは想っても

いつまでも頭から

その悔しさが蘇ってきて、

はらわたが煮えくるような感情に

翻弄されることもありました。

何より、そんな自分が嫌でした。

人にはどうしても未練や未熟さゆえの

執着もあるとは想います。

ただそんな場合は

道路の交差点をイメージして

みてください。

つまり、その人とは、

「ただ、たまたまそこで出会っただけ」

とういうことです。

そこで意気投合して、

同じ方向に歩むのも良し、

また新たな交差点で

別の道に行くのも良し。

そんな感じです。

離れた相手には未練を残さず、

ただ相手の新たな健闘を祈って、

「お互い頑張ろう!」

「またどこかで!」

といった感じで自分はまた歩き出し、

「どこかの交差点で

また新たな出会えたら良いな〜」

と言うイメージですね。

とは言っても

私もなかなかその切り替えの

難しさも経験をしています。

ただ別れの数だけ

成長させてもらった

氣はしています。

あなたも今に固執する事無く、

新たな出会いに期待して

歩き出しましょう。

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